そういうわけで翌日の夜、私は再びこの酒場『ダンジョンマスター』にやって来ていた。
 と言っても店に入る踏ん切りがつかず、店の近くで様子を伺っているだけだが。
 結果として食い逃げをしてしまったのは、別に構わない。貧乏だった頃は、よくやったものだから。
 だが、上の空でやった受け答えが電波以外の何者でもなかったというのが心に重苦しく圧し掛かってくる。どのくらい重いかというと、例えば、そう、彼女をお姫様だっこしたけど予想より重くてギックリ腰になってしまったくらいだ。
 自分のことながら、一体何を考えていれば『好きな食べ物』と尋ねられて『
人肉』などと答えるのか分からない。
 ああ、どうしよう。変な娘と思われたのではないか。まあ確かに女だてらに遺跡荒らしをやっているのは確かに変だが、だが限度と言うものがあるだろう。男のような言葉遣いをしてはいるが私も女なんだし、世の殿方に変な女と呼ばれたくないと思っているのだ。だからと言っても知り合いのように、まるでユニコーンを狙う猟師が如く、媚びた言葉と態度で玉の輿を狙うのもどうかと思うのだが。たとえ結婚願望があろうとも、プライドをかなぐり捨てて犠牲者を物色というのはまるで餓鬼のようで……
「あー……。怖いんで、店の前の細い路地の影でブツブツ言わんで下さい、ホントに」
「ぅひゃぉっ」
 突然声をかけられて私は飛び上がらんばかりに驚き、声をかけたのがオルムズィードだと気付き飛び上がって驚いた。
 見れば彼の服はウェイターではなく、ごく普通の街人が着ているものと変わらない。ジーンズのズボンと麻の貫頭衣、それから両手につけた指を出すタイプの皮手袋。
 ウェイターの姿も様になっているが、この服もなかなか……
「何かなー、そのハンターのような視線はー?」
 彼は頬に一筋の汗をたらし、無理に爽やかな笑顔で尋ねる。
「あ、いや、なんでもない」
 自分がひどく無遠慮な視線で彼を見ていた事に気付き、慌てて私は視線を逸らした。
 たぶん今、私は耳の先まで真っ赤になっているだろう。
「と、ところで昨日の事だが……」
「変な問答した挙句に食い逃げした、あの事件だね」
 彼の容赦ない物言いにうっ、とうめいて二の句に詰まったが、それでも気を振り絞って言葉を続ける。
「あれは、どうにかしていたんだ、私は。だから忘れてくれ……頼む」
「いや、まぁ、俺はそうするつもりなんだけど……」
 つもりなんだけど、なぁ。
 彼はそう口の中で呟いて、私の足元を見た。それにつられて視線を下げると……
 そこには二足で直立する、孔雀の羽飾り付つば広帽とマント、長靴を身に着けた山猫がいた。
「何、コレ?」
「猫。二足歩行して喋るけど」
「人を指差した挙句に『コレ』扱いとは、礼儀がなってない娘さんであるな」
 喋る山猫は溜息混じりにそう言うと、長靴のつま先で地面をトントンと蹴る。その仕草はとても可愛らしいが……
「……魍魎の類?」
「立派な自然の生物である」
 立腹した様子で山猫が答え、
「半分は魔法生物みたいなもんだけどね」
 苦笑しつつオルムズィードが言った。
 ……………………。
「とりあえず、喋る猫の事は置いておこう。それより先程の『俺はそうするつもりだけど』の意味を知りたいんだ……外聞のためにも」
 なんと言うか、悪い予感か止まらない。
 オルムズィードは溜息をつき、そして山猫を睨むと
「実は……この猫が、出会う人へ無差別に『男言葉で喋るクールビューティー系な金髪の娘さんの好物は
人肉だそうである』って」
 言いふらしたんだ、と彼が最後まで言葉を続けるよりも先に、
「ていっ」
 私は足元の猫の尻尾を踏みつけていた。
「ギニャーーーー!」
 毛を逆立てて悲鳴をあげる猫の首根っこを捕まえて目線の高さまで持ち上げると、私は渾身の眼力を込めて睨みつつ口を開く。
「猫。命が惜しくば、広めた噂を揉み消して来い。今すぐ!」
 気迫に圧倒されたのか、猫は耳を伏せて狼狽しつつ
「もし、噂を焚き付けたとしたらどうするつもりであるか?」
 と質問した。
 私はそれに答えず、遠い目をして
「これでも結構旅をした身なんだが、南の熱帯雨林の島では猫を食べるんだ。猫は肉に多少の臭みがあるが、ナツメグで……」
「喜んで噂を揉み消させて頂くのである」
 びしっ! と敬礼すると、猫は帽子につけていた孔雀の羽を引き抜き、ふわりと振るう。口の中で何かを呟いた猫の姿は、まるで煙が晴れるかのように掻き消えた。
跳躍ジャンプか……ペロの奴、本気で命の危険を感じたみたいだよ」
 苦笑しつつ言うオルムズィードに、私はキッパリと宣言した。
「これで噂が広がっているようなら、容赦なく調理するつもりだぞ?」
 と。



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