何のコスプレだ。
私の姿を一目見た知り合いは、呆然としつつそう言った。
確かに普段こんな格好はしないが、もう少し気の利いたセリフは言えないものか、と思い私は知り合いの頭を一発叩いたが……今思い起こしてみるとコスプレとは一体どういう意味なのか。
『日の昇る国』では派手に着飾った格好のことをそう呼ぶ、と聞いた事がある気がするのだが、果たして誰から聞いたものだったか。情報源が不確かな情報は信憑性が薄いし、もし人づてで伝わったのならば伝言ゲームが如く情報のあちこちが狂っている場合が多い。そもそも情報屋を営んでいる人間が少ないのだ、この街は。遺跡は近くに多数存在するのに、詳しい位置が判明しないものが多いのも情報が広まりにくいからだろう。やはり情報屋は大本で情報を管理する人間が必要だろう。ああ、大本と言えば――
混乱して暴走する思考を止め、私は現在自分が置かれている状況を確認した。
今いるのは、酒場『ダンジョンマスター』のカウンター。目の前にはラム酒ではなくウイスキーが注がれたグラスと、それから魚のフライが盛られた皿が置かれている。
ここまではいい。問題は隣に座っている男なのだから。
……何気ないふりをして、横を伺ってみる。
眉あたりで適当に切られた黒髪と、それから穏やかな表情。服はウェイターのもので、白いシャツと黒いズボン、それから黒いベストを着ている。
顔つきも女性受けしそうだったが、彼を何よりも特徴付けているのは、その目だった。
まるで太陽のような色を湛えた、金色の瞳。
それは今は、ランプの光を受けてゆらゆらと輝いている。
「どうしたの? じっ、と俺のほうを見て」
どうやら彼の顔を盗み見るつもりが、気付かぬうちに凝視していたらしい。
私は気恥ずかしさを感じ、「なんでもない」と言ってウィスキーを口に含んだ。
芳醇な香りと味を楽しみ……それから自分の置かれている状況を思い出して赤面した。赤面したと言っても、酒精のおかげで色は赤いのであまり変わらなかっただろうが。
――つまり、今、私はあのウェイター……オルムズィードと共に酒を飲んでいるのだ。
酒場に来たのが一刻前、声をかけたのが半刻前。一緒に飲み始めたのが四半刻前。
ちょっと礼を言い、そのついでに名前を聞く計画が、一緒に酒を飲み談笑する、に変わってしまったのだ。心の準備をしていない私はひどく狼狽し――同時にひどく浮かれていた。
もう、言い切ってもいいだろう。
僅かに会っただけのこの青年に、私は惚れてしまったようだ。
一目惚れの恋愛譚は何度も耳にしたことがある。友人が一目惚れの恋煩いにかかったこともある。しかし、私がそれを経験するとは思いもしなかった。
ちらりと横目で彼を見つつ、私は彼のどこがいいのだろうか、と自問してみる。
顔つきは決定的ではないし、性格はまだ掴めない部分が多い。器は大きそうだが、果たしてそれに惚れるものなのか。だからといって、その力に惚れた、というのは自分としては考えたくない。
「……ちょっと、聞いてるかい?」
「あっ、えっ、何が?」
どうも、自分の世界に篭っていたらしい。声をかけられ、ついでに肩を叩かれて私の意識は現実に引き戻された。
引き戻されたのだが……彼の口元が引きつっているのはどういうことだろうか。
この表情は、たぶん、大笑いを無理に堪えている時のものだ。
「……えーと。私は何か妙なことを口走っていたのか?」
不安になって聞いてみる。
「いや、俺は色々と君の事を尋ねてたんだけど、帰って来るのはギャグ系ばかりで……」
そう言って彼は息を吐き、「聞きたい?」と私に尋ねる。
――まさに、パンドラの箱。
しかし私は好奇心を抑えることができなかった。
Q1.職業は?
A1.マッチ売りの少女
Q2.生まれは?
A2.天竺
Q3.好きな食べ物は
A3.人肉
「人生いろいろ……って言うか、一体どんなことを考えていてそんな答え……」
彼が言い切るのも待たずに、私は席を蹴り飛ばす勢いで立ち上がり、店の外へと飛び出していた。
――恥ずかしい。
どのくらい恥ずかしいかというと、自分が食い逃げしたと気付いたのが翌朝だった、というくらいだ。
ベットから起きた私は、自分が昨日来た服のままだったことに気付いた。
それと、枕元に見慣れない封筒が置かれてあることも。
何か予感がして、急いで封筒を開ける。
そこには、『ツケにしておくよ。また来てね オルムズィード』と書かれたカードだけが入っていた。
嬉しさより先に、部屋に侵入されたのか、それより何で彼が私の部屋を知っているんだ、彼は昨日の夜まで私の名前も知らなかったぞ、いくら混乱して寝ていても侵入者がいたら気付くはずだぞ、などといった考えが脳を埋め尽くす。
私はそれを振り払うと、いつもの野暮ったい服に着替えて表に出た。
確かに昨日のは失点だったけど、それはこれから挽回すればいい、と思いつつ。
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