食うぞ、と噂を広げた猫を脅した半刻ほど後、私たちは共に街を縦断する運河の側の屋台にいた。
 平日は静かな運河の通りも、週末になると沢山の屋台が軒を並べる。
 大勢の人が集まり、様々な料理の匂いが漂い、今はちょっとしたお祭り状態だ。
 月はそろそろ中天にかかろうとしている。
 まるで鏡のような満月は、街を神秘的に照らしていた。神秘的な明かりに照らされて――
「おやじさーん、おでん追加注文ー。卵とハンペンとスジとガンモねー」
 照らされて、おでんの屋台で飲み食いしていた。
 ちなみに真中にオルムズィードが座り、その隣に私。そして私の反対側にアールマティと名乗る変な女の子が座っている。
 彼女は先程から無遠慮におでんを食べているが……なんと言うか、子供そのものの雰囲気だ。
 童顔の顔つきと細身の体つきが、その印象をより強くしている。
 腰まである銀色の髪と碧色の瞳は綺麗だし、時々見せる笑顔はどこか大人びている。
 ミステリアスな雰囲気を持っている少女だ。
 しかし、どうにも納得できない点がある。
 アールマティは四六時中、オルムズィードに引っ付いているのだ。
 今なんか、彼に腕を絡めて肩に頬擦りまでしている。オルムズィードはごく平然としているが、彼女はとても嬉しそうだ。
「……その少女は、お前とどういう関係なんだ?」
 できるだけ平静を装って、私はちくわを食べているオルムズィードに尋ねた。
 彼はおでんを食べる手を止めて何か考え、ぼりぼりと頭をかいた後に
「俺とアールマティの関係は……たぶん保護者と被保護者の関係だと思うよ」
 そう答えた。
 目の色や髪の色が違うから、血縁関係者とは考えにくい。
 義理の兄妹という可能性もあるが……
「保護者とか何とか言っておいて、実は二人は恋仲とかいうオチじゃないのか?」
 思った事を言ってみると、二人は同時にお茶を吹き出した。
「げほっ、がほっ、げーっほげほげほげほ!」
 気管に入ったのか派手に咽るオルムズィードと、口の周りをハンカチで拭いているアールマティ。そして無茶苦茶迷惑そうな顔をしている屋台の親父さん。
「なーんでそういう事になるかなー?」
 妙な気迫の篭った笑顔で尋ねるオルムズィードに、私は感じたままの事を答えた。
「だって二人とも、妙にベタベタしているぞ。兄妹だと気恥ずかしい部分もあるだろうし、ブラコンとシスコンだろうともある程度の距離は取るはずだ」
 とすれば、お前たちの関係は恋仲以外考えられない。
 そう断言するが、オルムズィードは納得してはいないようだ。
 彼は酒をぐいっ煽ると、
「恋仲と言うか、父性愛みたいなものだと思うけどねぇ。だって、こんなチンチクリンに――――」

 
ごめす。

 大音響の打撃音が響いた。
 オルムズィードは脳天から煙を吹いて突っ伏し、その後ろには笑顔――目は羅刹が如きだったが――のアールマティが巨大な信楽焼きの狸の置物を片手に立っていた。
 ……恐るべきは、その膂力。あんなもの片手で軽々と扱うのは、大の男でも難しいだろう。
「こんな可憐な女の子を捕まえて『チンチクリン』なんて、失礼ねー」
 可愛い子ぶって言う彼女だが、凶悪な攻撃をした後なので薄ら寒いものしか感じない。
「と言うか……ピクリともしないんだが、オルムズィードは大丈夫なのか?」
「大丈夫だよー、よくあることだからー」
 ――よくあることなのかッ!
 心の中で吼えるようにツッコみ、しかし一撃されるのを警戒して決して声にも表情にも出さないようにする私。
 「フッ、小賢しいな、私」などと遠い目をして呟いているうちに、いつのまにかオルムズィードは復活していた。
「……経験から見て、あれだけの物で殴られた場合は脳震盪で一時間は普通に行動できないはずだが……」
「防御呪文張ってるから」
 店の親父さんに頭を下げて謝りつつ小声で答えるオルムズィード。
 彼はいつアールマティに殴られてもいいように、常に防御呪文を張り巡らしているのだろうか。
 いくら高位の魔法使いでも、四六時中魔法を維持するのは無理のはずだが……
「マジ?」
「マジです」
「人間?」
「人間です、一応」
 ――その『一応』ってのは何なんだッ!
 再び心の中で吼え、彼の私への印象が悪くなるのを警戒して口に出さないようにする私。
 しかし……この前の魔法の複数同時発動といい、今の防御魔法常時発動といい、常識では考えられないのだが……。
 私が悶々と悩んでいる間にオルムズィードは親父さんに代金を払い、コンニャクを盗ろうとしているアールマティの首根っこを引っ掴んでいた。
「それじゃ、屋台でも見て回るかい?」
 名残惜しそうにするアールマティを無視し、思考の世界に行っていた私に声をかけるオルムズィード。
「…………ああ。そうしようか」
 私は同意して、自分の分の代金を親父さんに払うと彼の後をついて行った。
 ……どうせ色々考えても、なるようにしかならないんだしな。



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