説明の必要は無いと思うが、一応名乗っておく。
 私の名前はアーシャ。女性の遺跡荒らしという、この街では稀有な存在だ。
 さて。早速だが、私は今現在結構なピンチの只中にあった。
 先日しつこく声をかけて来た挙句、店員によく分からない処罰をされたっぽい例の酔っ払いが、10人ほどの仲間を引き連れて現れたのだ。ご丁寧に酔っ払いの仲間たちは四方を囲んでおり、逃げ場は無い。
 私は息を吐きつつ、周囲を見回した。薄暗い通りには人気など無く、ただ汚れた道と家の壁があるだけだ。
 ここは酒場から少し行った所にある裏通り。泊まっている木賃宿への近道になるのでいつも通っていたのだが、決まったルートを通ると言うことは待ち伏せに合いやすいということを失念していた。
 しかしこの酔っ払いと仲間たち、素手ではなくナイフや棍棒を握っているということは……
「おい」
 例の酔っ払いが口を開いた。
 頭と胸に包帯が巻かれたそいつは、据わった目で私を睨んでいる。
「こうして待ち伏せされた用件は、分かるな?」
「さっぱり全く見当もつかないが?」
 肩をすくめてそう言うと、酔っ払い改め包帯男は手にした棍棒をぶん、と振り下ろし、
「あの男に、とてもひどい目にあわされたんだよ。それで意趣返しに、お前をボロボロにすることにしたわけだ」
 と意味不明な事をいかつい声で告げた。
 全く、何がどうなってそんな結論になるのか理解不能だ。
「全部自分の身から出た錆では?」
 試しに思ったことを口にしてみると、
「お前がどう思っていても、関係ない。俺がどう思っているか、そして俺がどうしたいか、が何より優先されるんだよ」
 などという、論理も何も無いジャイアニズムが返ってきた。
 逆恨みにしては、どうにも行き過ぎた憎悪だ。まるで妄想癖を持っているようだ、この論理の飛び方は。
「話が通じないのはよく分かった。で、その取り巻きたちは何だ?」
「こいつらは、俺の手下だ」
 私の問いに胸を張って答える包帯男。
 その言葉でピンと来た。最近街に盗賊団が入り込んだ、という噂を聞いていたが、たぶんこいつらがそうなんだろう。
「……で、私をどうするつもりだ?」
 すると包帯男はニタリと笑い、
「男が女を捕まえてする事は一つだろう?」
 言って、手下たちに指示を出した。
「捕まえろ」
 と。
 私は刃渡りが長めのナイフを引き抜き、奴らを向かい討とうと――
「はい、そこまで」
 ちょっと間の抜けた声が聞こえたのは、その瞬間だった。
 慌てて辺りを見渡すが、姿を隠す場所などは無いと言うのに、声だけ聞こえて姿は見えない。
 だんだん気味が悪くなって来た所で、周囲を取り囲んでいたチンピラたちが地面に沈み込んだ。
 唐突に、何の前触れも無く。チンピラたちの立つ真下の地面のみが、胸ほどの高さの泥沼に変化したのである。それどころか、チンピラを飲み込んだ泥沼は即座に硬化して彼らの動きを完全に封じてしまったのだ。
 それはごく一瞬で行われた事であり、私はおろか当事者であるチンピラたちでさえ反応さえできなかった。
 何が起こった、と思う間もなく、私の隣の空気が澱み、流れ、渦巻き、そしてあのウェイターが唐突に姿を現す。
「――泥の大地マッド・アイランド。そして跳躍ジャンプ、と。ちょっと大盤振る舞いだったかな」
 腕に淡い光……魔力の残滓を纏いつかせ、ウェイターはそう呟いた。
 ……今のは、間違いなく魔法だ。しかし私が驚いたのは、彼は二つの魔法を同時に使用した、ということだった。
 魔法というのは一つに全神経を集中して行わなければ力を発揮しない、と聞いた事がある。だというのに彼は二つ同時に(しかも二つともがかなりの高位魔法だ)行使し、それでいて平然としているというのは一体どういうことだろうか。
「て、てめぇは……いや、あなたはあの時の……!」
 私相手には余裕を見せていたはずの包帯男は彼の姿を見ただけで、まるで蛇に睨まれた蛙のように身を竦めた。
 ――裏口に連行された後、こいつは何をされたんだろうか。
 そんなことが頭を過ぎる。
「女性相手に大勢で待ち伏せ、しかも八つ当たりってのは感心しないよ。……と言うか、後で気付いたんだけど……あなたは国で指名手配されている盗賊団の幹部クラスだったらしいね」
 穏やかな顔のまま、そう言うウェイター。穏やかな顔なのだが……それに薄ら寒いものを感じた私は、無意識のうちに一歩離れていた。
 包帯男もそれに気付いたらしく、「ひ、ひいいぃぃっ」と悲鳴をあげると、地面に埋まって身動きできない手下を見捨てて全力で逃げ出す。
 ……が。
 ウェイターは慌てず騒がず「落とし穴プライアー・ピット」と呟いた。
 すると舗装された道のはずだというのに、包帯男の足元の地面がパカリと開く。
 彼は「あひゃあぁぁぁぁ
ぁぁぁぁ」と後を引く悲鳴をあげて穴に落ち……
 ……しばらくして、ぼっしゃああああぁぁぁぁぁんっ、という水音が聞こえて、それ以上何の音も聞こえなくなった。
 彼は石畳に生えた謎の落とし穴の蓋を閉めると、唖然としている私にこう言った。
「それじゃ俺はあの幹部を官警に届けるから、君は衛兵呼んで埋まってる奴の処置してね」
「あ、ああ……」
 咄嗟の事で、反射的に肯いてしまう私。ウェイターはそれを見て満足したのか、
「とりあえずは、こんなものかな。それじゃ、またね」
 と言い、来た時と同じく姿を消してしまった。

 後に残されたのは呆然とする私と、地面に埋められてうめいているチンピラたち。
 私は「はぅ」、と溜息をつき、それから衛兵の詰め所へ足を向けた。
 ――明日、またあの酒場に行こう。そして彼に礼を言って、ついでに名前を尋ねよう、と思いつつ。



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