私の名前はアーシャ。姓は無い。性別は女性、職業は盗掘者だ。
 自分で言うのも何だが、私は美人の分類に入るらしい。
 一応美人と呼ばれるだけの要素を私は持ちえているようで、確かに顔つきは何ら問題があるわけでもなく、手入れを怠ったことが無い金色の髪はたとえ王侯貴族と比べても何ら遜色が無いと密かに自負している。
 だからといって美人が得になる場合だけではなく、
「なぁ、姉ちゃんよぉ。ちょっとくらい晩酌してくれてもいいだろうがよぉ?」
 このような酔っ払いに絡まれる機会も多くなる、言わば『諸刃の剣』な部分も確かに存在している。
 先程から私はこの酔っ払いを無視し続けてグラスを傾けているのだが、一向に諦めない粘り強さは果たして誉めていいもののか悪いものか。
 この酒場『ダンジョンマスター』は料理の腕も酒の質も一級品、その上値段も庶民的なのでよく利用しているのだが……こういう酔っ払いを放置しているとは、手が回らないのか店の客の質が落ちたのか。
 粘つくような言葉を右から左に聞き流し、私は再びグラスを煽った。
 ラム酒独特のキツい風味が鼻を抜け、灼熱感が喉を通り過ぎる。僅かに息を吐き、手元の皿の肴を口に運び――
「聞いてんのか、姉ちゃんよお!」
 酔っ払いが大声をあげたのは、ちょうどその時だった。
 たぶん、無視されつづけて我慢が限界になったんだろうな、などと考えつつ、自然と口が台詞を吐き出してしまう。
「その気も無い女性にしつこく付き纏うようでは、いつまでたっても女性に縁が無いぞ?」
 ……どうやら私も、こいつを無視することは限界だったらしい。
 自分でも気付かぬうちにストレスが溜まっていたらしく、しまった、と思う間もなく相手をなじる台詞が口から飛び出してしまった。
「酒の勢いでナンパするつもりのようだが、見事に酒に飲まれているな。そんな回らない呂律で愛でも語るつもりか?」
「何だと、このブス!」
 瞬間湯沸し機が如く一瞬で頭に血を上らせた酔っ払いは、いっそ気持ちがよくなるくらい頭を使っていない侮蔑の言葉を私に叩き付けてきた。
 よりによって、ブス、と来たものだ。古今東西、女性に言ってはいけない言葉のうち間違いなく上位に食い込んでいる言葉を躊躇い無く使うとは、真に酒の勢いと言うのはタチが悪い。
 さて、命知らずの言葉を吐いた者に制裁を、と酒瓶を逆手に持って立ち上がった矢先、
「お客さん、酔っ払って暴言吐くのはルール違反ですよ」
 爽やかに言いつつ、先程までカウンターにいて酒を注いでいた若いウェイターが、いつの間に動いたのか酔っ払いの襟首を掴んでいた。
 反射的に手を振り解こうとする酔っ払いだが、ウェイターの握力が尋常ではないのかびくともしない。
「てっ、てめぇ、放しやがれ! 何様のつもりだ!」
 じたばたともがく酔っ払いに
「俺様のつもり」
 とコメントしつつ、ウェイターは酔っ払いを裏口へ連行して行く。
 やがて二人の姿は裏口の向こうの闇に消え……
 酒場の喧騒の向こうから「ふおおおおっ」という謎の息吹の音が聞こえ、次いで「ほぉ……あたぁっ!」という化鳥音と鈍い打撃音が空気を震わす。
 そして「ひ、ひで……
ひでぶ!と謎の悲鳴が聞こえた後には、悲鳴も打撃音も化鳥音も一切聞こえてこなかった。

 ……私はその日、朝まで酒を飲んだ。この妙な記憶が剥奪していることを祈りつつ、浴びるように。



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