「ひどいめにあったのである」
 冷たい川の水で冷やしたタオルをタンコブに当てて冷やしつつ、人の言葉を喋る山猫は文句を言っていました。
 かなり痛かったのか今でも涙目の山猫はとても愛嬌のある顔立ちをしており、年頃の女の子ならその表情を見ただけで萌え転がりそうなものですが、生憎とここにいるのは山猫を食料としか見ていないアールマティと、可愛いものにあまり興味が無いオルムの二人だけ。
「うん。なんつーか、ごめん。……大丈夫? まだ痛むかい?」
 川の水でタオルを冷やしつつ、オルムは山猫に謝ります。別に彼は何もしていないのですが、何故か猫の愚痴の矛先は彼に向いてしまうのです。
「まだ痛むが、かなり楽になったのである」
 ちょっとずり落ちたタオルを前足で戻しつつ、山猫はオルムに答えます。
「それは何より」
 彼がそう笑顔で答えると、山猫はフン、と鼻を鳴らしてそっぽを向きました。
「……ところで山猫って、喋るものなのかい?」
「喋らないものである」
 ふと思いついたオルムの質問を一言で斬って捨てる山猫。彼(彼女?)は、すっく、と後ろ足で立つと
「普通は喋らない山猫が、今ここで喋っている。これはどういうことか分かるかね?」
 と、どこか偉そうに言います。
「それは、あれでしょー。放射能がナニしてアレしてガオーッ、て。つまり東映的怪獣キャラクターの」
 横から口を出すアールマティを無視して、オルムは答えます。
「――話には、聞いたことがあるんだ。この辺りに、稀に人の言葉を喋る猫が出るって。確か名前は…………ネロ
「ペロである」
 即座に訂正する山猫、ペロ。
 ペロはフン、と鼻を鳴らすと
「我も、以前はただの山猫であった。しかし旅の途中だと言う魔法使いの魔法のおかげで人の言葉を解し、そればかりか魔法の知識すら手に入れたのである」
 オルムは心の中で「誰だー。そんな行き当たりばったりな事して奇怪な生物を作った奴は、誰だー」などと呟いていたが、そんなことは微塵も顔に出さずに言った。
「で、魔法の知識を手に入れた山猫さんは、アールマティに食べられそうになった、と」
「…………我々山猫族を見て『じゅるり』とは、なんともケッタイな娘さんであるな」
 何か変な生物でも見るかのような目で、川で綺麗な石を拾っているアールマティを見るペロ。
 そんなペロを、変な生物の筆頭は君だよ、という目で見るオルム。
「…………」
「…………」
 どことなく気まずい沈黙。アールマティが川遊びする水音だけが、よく聞こえます。
 やがて。
「ところでペロ、俺たちと一緒に来ないかい?」
「何故突然そういうことを言い出すのであるか?」
 憮然とした表情で尋ねるペロ。オルムは少し考えた後、口を開きました。
「…………僕の家は酒場をしているんだ。だから料理のために、毎日新鮮な魚を仕入れるんだよ」
 ペロの耳が、ぴくっ、と跳ねます。
「今ごろだったら、メバルが美味しいかなぁ。それから鯛も」
 じゅるり、とペロ本人も知らずのうちに、舌なめずりしました。
「雑魚の煮物も美味しいけど、やっぱり旬の魚を塩焼きにするのが一番だよね。そうは思わないかい、ペロ?」
「うむ、そうであるな」
 目がドリームしているペロは、脊髄反射で返事をします。
 それを聞いたオルムはニヤソと笑うと、もう一度同じ質問をしました。
「ところでペロ、俺たちと一緒に来ないかい?」


 当然のことながら。海産物の誘惑によってあっちの世界に旅立っているペロは、その申し出を即答したのでした。


 ちなみにその後、彼について行くならば虎視眈々と自分を食べようと狙うアールマティと一緒にいないといけないことに気付いたペロですが、オルムの「ふーん。誇り高い山猫族は、一度言ったことをすぐ反故するんですか」攻撃に迎撃されることになったりしました。
 また、オルムが何を思ってペロを一緒に連れて行こうと思ったのかも、結局は謎のままでした。



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