血と汗と涙と塗料と黄金色の青春 〜機動戦士指揮ザク0079 ダイヤモンドダストメモリー〜 |
「ちゃんと機体の大きさを把握してるか?」 MS-06ザクIIのパイロットは口に端をゆがめ、そうつぶやきながらビルの影に隠れたパワード・ジムのはみ出たつま先にマシンガンを向ける。 戦場は猛吹雪に見舞われ視界はすこぶる制限されていたがオレンジ色に塗装されたパワード・ジムの機体が白一色に塗りつぶされる程では無い。 「黄色いアンヨが見えーてるよー」 冗談めかした声で歌いながら操縦桿のトリガーを引く。 三点バースト。 「!? ナニッ」 パワード・ジムのパイロットはビルの陰に隠れていたはずの自分の機体を襲うショックにうろたえる。 この戦争で一躍主役の座に躍り出たモビルスーツと言う物は単純に今までの概念を覆す新機軸の兵器……等では、無い。 あたかも人と同じ様に、あるいはそれ以上の機動を以て戦場を駆け抜ける。 一介の兵士を神話の魔神へと化身させる魔法の鎧。 それは決して誇張ではなく、MSと自らを一体とする事はジオン公国建国の祖である故、ジオン・ズム・ダイクンが提唱した新たなる人類<ニュータイプ>へと進化するために必要不可欠な通過儀礼なのかも知れない。 そして、MSをあくまで人の形をした機械としてしか認識出来ぬ者達は戦場で淘汰され、駆逐される道しか選べない…… パワード・ジムのつま先にザクUが打ち込んだ砲弾が炸裂。 これが同じザクで有れば足首から下を吹飛ばされて転倒するところであるが、パワードジムの重装甲は破壊される事無く辛うじて持ちこたえる。 しかし、パワードジムのパイロットが思いもかけなかったその衝撃は彼の機体に足払いを引っ掛けられた様な状態になり、厚く積もった雪は足元を滑らせ、前につんのめって遮蔽物となっているビルから上体をさらす。 「だんだんだーれがめっかったぁッ!!」 ザクIIのパイロットはジムがその姿を現した時には予想済みとばかりにペダルを蹴っ飛ばし、敵機に向けて最大加速で突進する! 姿勢を低く保ち、左肩に装備された鋳造合金のスパイクアーマーを突き出す格好でチャージ! 狙うは横を向いたパワード・ジムのわき腹、コックピット部分。 既に幾度かのタックルでゆがみ、クラックが入り、塗装の剥げたスパイクが鈍い銀色の輝きを放つ! パワード・ジムのメインモニターいっぱいにザクUの左肩が映し出される。 「ん、おおぉぉぉっ!!」 完全にパイロットの条件反射のみで腰をひねり右手に携えたバズーカを突き出す。 砲声!! しかし時既に遅し。 バズーカから放たれた弾体は白煙と共にザクの背中を越え後方へと飛んで行き、ビルに大穴を穿つ。 それと同時にザクUのスパイクアーマーが敵機のコックピットに突き刺さる! 鋭い音と共に酷使されたスパイクアーマーが割れる。 そのままの勢いで2機のモビルスーツはもつれあい、地響きと共に地面へ倒れこむ。 パワード・ジムが咄嗟に腰をひねったため、スパイクの食い込む角度が浅く、軽いザクUでは重装甲の奥にあるコックピットを貫くまでには至らない。 パワード・ジムは上にのしかかるザクUを力任せに腕と膝で跳ね除け、ビームサーベルを振るう。 吹雪を一瞬で水蒸気と化し、白い軌跡がザクUに迫る! その攻撃は狙いを定めた物ではなく、苦し紛れにもがいた一振りであったがどうにかザクUの頭部メインカメラを捉えた。 黒煙を上げてザクUの頭部が爆ぜる。 慌てて地面を転がりパワード・ジムとの距離を取る。 降り積もる雪の中を転げまわったせいで機体の各部にある換気口を塞がれ、排熱警報がコックピット内を満たしていく。 ≪こちらキャメルツー。キャメルリーダー、フォローをッ!≫ 戦闘濃度以上にミノフスキー粒子が高濃度散布されている事を忘れ思わず僚機の援護を求める。 強烈な電波障害の中でその声がチームに届く事は無かったが、元よりその必要は無かった。 確実に敵機を仕留める為立ち上がったパワード・ジムに向かって既に指揮官識別兼用のブレードアンテナを頭部に生やしたザクUが飛び込んで来たのだ。 指揮官用ザクUが両手で振り上げたヒートホークが数秒の内に赤熱化し吹雪を水蒸気に変える。 唸りをあげてぶつかる二つの白い塊。 「チクショウ、サブモニターじゃ視界が狭すぎる!」 頭部を破壊されたザクUのパイロットは機体を立ち上がらせると赤外線センサーを頼りに立ち込める霧に向かう。 「味方はっ、どっちなんだっ!?」 連邦のビームサーベルとジオンのヒートホークから発せられる高熱が周囲を濃密な霧に変えていく。 「ええーい! こっちだ!」 赤外線センサーが映し出す輪郭は丸み帯びた機影と直線的な機影の二つ。 その僅かな差異を頼りに直線的な方へとフル出力でヒートホークを振り下ろす! 1回。 2回ッ。 3回!! 廃熱警報が鳴り止み、コックピットが一瞬で闇に包まれる。 動力炉が異常加熱していたためギリギリまで粘っていた安全装置がついに火を落としたのだ。 「トドメは!? トドメは刺せたのか?」 わずかな時を置いてバッテリー駆動でコックピット内の計器がいくつか蘇る。 眼前には水蒸気が凍り、キラキラとダイヤモンドダストが白夜の中を漂う。 そして、その向こうには両腕を断ち落とされ、コクピットに深々とヒートホークを食い込ませたパワード・ジム。 右腕がちぎれ落ちそうになった指揮官用ザクUが活動を停止したザクUを抱え上げる。 ≪キャメル・リーダーより各機、作戦終了1408。撤収せよ、合流地点はポイントブラボー、ギャロップの到着予定時刻は…… 「つ、ま、り、ですね」 俺は荒い息を弾ませてぐったりと動かない……もとい、肩で息をしながら極力動かない様に頑張ってるツキムラ少尉の肩を抱えながら言った。 「例え敵機との機体性能に圧倒的な差が有っても僚機と力を会わせる事でその差を埋めるのは決して不可能では無く今こそ我々は一致団結して理不尽と戦うときでは無いでしょうか?」 俺は右手をぷらぷらと揺らす。 「ほほお。で、キサマはそれをワシに教えるためにこの妙なコントを思いついた。と?」 ホスゲン曹長は半眼で俺のヘルメットに貼り付けられたボール紙の角をむしりとる。 「はあ、迫真の演技で訴えかけてこそ訴求力があると思ったもので」 俺は壁際で足を伸ばして座っているギーン主計軍曹(パワード・ジム役)に目をやる。 ギーン軍曹は肩をすぼめ、みぞおちの辺りでクリップボードを立ててうなだれながらさらにコクコクと相槌を打つ。 「で、お前らの始末書を持って一緒にあの毒デンパ垂れ流し放送局の所に行け……ですかな? キャスバルル二等兵閣下?」 今度は俺が左手で抱えているツキムラ少尉がコクコクと頷く。 二人ともこの艦の実質的な最高権力者であるホスゲン曹長とは目を合わせる度胸は無い様だった。 何しろ相手は0058年にジオン公国が建国されて公国軍の前身で有る国防隊が結成される以前から軍人をやってる筋金入りだ。 噂では宇宙攻撃軍司令官ドズル・ザビ中将閣下とも影で親交が有るとまで言われている。 何処まで本当かは解らないがそういった数々の武勇伝を持ち、またそれら根拠の無い噂を信じ込ませるだけの能力と貫禄を持ち合わせていた。 だが。 「断る」 あっさり見捨てられた。 「「そんな、酷いですよ!!」」 思わず立ち上がったギーン軍曹と俺の声が見事にハモった。 ちなみにツキムラ少尉はまだ動力の落ちたザクUを律儀に演じている。 「キサマらが嫌な物はワシだって嫌、疲れる上に無駄な労力なんぞ使いたく無いわい」 「いやー、そこをなんとか。ホラ小さい子が一人でトイレに行けなくて親に付いてきて貰うよーな感じで気楽に」 「キサマなっ、貴様らはたまにしか艦長の所へ行かんから知らないだろうがワシなんか毎日だぞ、むわ、いっ、にぃ、つぃっ!! この間なんか変な頭巾被って床に面妖な幾何学模様描いてたり、その前にいたっては変な四角錐の枠の中で同じ形の帽子被ってブツブツとなんかつぶやいてるしさらにその前は部屋の中に巻き藁立てて……」 「またそんな怪しげな趣味を始めてるんですか、彼女」 「自分が前に書類持っていたときにはものすごい速度でスピンしてましたよ」 嫌だ、あー嫌だ。 聞けば聞くほどに気が滅入る。 これからそこへ行かなけりゃならない俺は思わず天を仰いで神を……そして人事部を呪った。 そりゃ大抵の事務処理はオンラインで電子決済してる。 とはいえ、時代が進んでも紙の手書きで決済を受けなければならない性質の書類も有る。 例えば俺が今から持っていかなきゃならない始末書。 こういうもんはまずオンライン化する事は無い。 多分組織が生身の人間の手で動いている以上、永久に無くなったりはしないだろう。 「やはり、今の内に始末するしか?」 「なんでだー!?」 俺のナイスな提案に曹長は何故か異を唱える。 「や、だってあれっすよ? いくら自分のミスとは言え怒られる上官くらい選びたいです!」 涙ながらに訴える方法に切り替えてみる。 「何が悲しくて同い年の天然ボケ小娘に意味のさっぱり解らない説教を聞かされなければならんのです!?」 「言うなっ!!」 一喝する曹長。その目には涙…… 「いいか? ここは軍隊だ! 縦割り社会なんだ。ワシと同じ苦しみをお前たちにも味わって貰いたいと言うワシの親心が解らんのかっ!?」 「うわっ、本性を現した!?」 「うーるさい、うるさいワシが今艦長室の前にタールトラップを仕掛けられる様に廊下の下に這わせた配管取り回してるからしばらく我慢せんかい!」 「なにもそこまでせんでも……」 「なーにーをー言うかっお前だってさっき始末とか言ってたじゃ無いか? ワシはあの不思議少女のおかげでとても人前では明かせないような恐ろしい目にだって、目にだって……めそめそめそ」 ついに顔覆いしゃがみ込む曹長。 「ま、マヂ泣きだ……」 「むさくるしいおっさんだと凄い迫力だなあ、おい」 覗きこむ俺とギーン軍曹をよそに泣きじゃくる曹長。 一体何が有ったのか知りたかったが大の男がここまで恐れているのを聞き出す訳にも行くまい。 「行くしか……無いのか?」 悲壮な決意でギーン軍曹から始末書を止めたクリップボードを受け取りつぶやいた。 小脇には機能停止したザクを未だに演じてるツキムラ少尉。 「あの、少尉もう結構ですよ?」 「すぴー」 疲れて寝ちゃったらしい。 (つづく) |
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