血と汗と涙と塗料と黄金色の青春 〜序〜 |
俺は塗装工が嫌いだった。 いや、別に塗装工の仕事が嫌いとか、塗装工を仕事としている奴が嫌いと言うわけでは無い。 事実、俺の三つ年上の兄貴は塗装工だったが、兄弟仲は……まあ、喧嘩も良くしたが世間一般の兄弟よりは随分良いほうだと思う。 尊敬もしてたしな。 俺の家はサイド3スペースコロニー群の一つ24バンチ、タイガー・バウムコロニーのジャンク街で自動車の塗装工場を営んでいた。 俺はここの三人兄弟の真ん中として育ったって訳だ。 ま、もっとも工場とは言っても社長の親父の他に社員の兄貴と他二名。 合計4人の小さな工場だ。 さて、問題はこの社長の親父なんだが、俺はこいつと大変仲がよろしくない。 『何故?』と、問われても説明に困るんだが、とにかく親父とはガキの時分から事あるごとに衝突し、俺の腕っ節が親父に引けを取らない年齢に成長してからはあわや警察沙汰なんていう流血を伴う喧嘩もしばしばだった。 そんな訳で俺は工業高校に通っている時にこの戦争が開戦したんだが、元々ジオン公国と地球連邦とでは規模がまるで違う。 なもんで、最初は優勢に押していた我が公国軍様も段々と負けが込んで、遂に学徒動員が始まった時、大嫌いな親父の思惑にはまるのを嫌って、喜び勇んで兵隊になった。 頑張って仕事すれば国立工科大の奨学生として推薦枠を貰える可能性も有ったし整備兵としてモビルスーツをいじれるってのも魅力的だったし、なにより地球に降りられるってのが良かった。 愛国心? ナニソレ。 兄貴も他の社員も開戦してまもなく徴兵に取られてたし、弟は親父の仕事を手伝うにはいささか幼すぎた。 だもんで俺が訓練課程を終えて整備兵になって一人で工場を切り盛りしなくならなくなったときの親父の顔ったら無かったね。 朝から酒に酔って天下の往来でギレン総帥に対する暴言を吐いてお巡りさん(※注:MPだ)に連れて行かれる親父の罵声を浴びながら俺は意気揚々と宇宙港に向かった。 甘かった。 いや、戦争でしかも負け戦で最前線に行くんだからそうそう都合の良いことがあるわけも無かったが…… 俺が配属されたのはデラーズ艦隊麾下、第19整備中隊。 同じくデラーズ大佐麾下の独立第六前線降下部隊に随行し、MSの整備と補給を担当することとなった。 この戦争で投入されたモビルスーツやミノフスキー粒子って奴ぁそれまでの近代戦の様相を一変させた……らしい。 俺はまだ軍に入って間が無いし学校でも歴史の授業中はグーグー寝てたから上官や古参の整備兵から聞きかじった知識に過ぎないが、まず、艦艇や航空機の戦略的重要度が下がって、ミサイルの様な長距離からの攻撃が通用し難くなり、ミノフスキー散布状況下でのMS同士がそれまでからは信じられないような近接戦闘を行うのが普通になった。 結果旧世紀の騎馬戦の様に時と場合によっては部隊の指揮官が先陣を切って突撃すると言った戦法すら取られる事になったって訳だ。 ま、そんな訳で『始めにMSありき』って風潮……いや、実際にそうなってるんだから戦略か? ともかく士官がいきなり戦艦の艦長を務めたり、将校が前線の兵士の士気を高めるため、自らMSを率いて戦ったりするようになった。 俺の『甘かった』は主にこれに起因する事柄が中心になってくるのだが…… 当然俺が担当している部隊にも指揮官はいる。 鳳 蓮飛(ふぉん・れんふぇい) 初めてこの小柄な艦長の元に配属された時には偉く幼い容姿だと思ったがなんと年齢は17歳、俺と同い年だそーだ。 階級はこの年齢にして大尉、なぜか情報部の記章をつけていた。 なんでも元々は天才少女としてどこぞの一流大学に通っていた彼女を軍のお偉方が目をつけ、軍にスカウトされて情報部へ配属され、何やら色々と胡散臭い仕事をしていたらしかった。 それがどうも情報部で、でかいポカをやらかして前線に飛ばされてきたらしい。 聞いた話では彼女の親元の鳳家ってのは地球からの移民ながらサイド3でも勢力を伸ばしつつある結構な新興の名家だそうだ。 一族主義の考え方が盛んなジオン公国内で、移民に過ぎない鳳家が20年ちょっとであっという間にのし上ったのは諸説紛々……中にはよくない噂もたくさんあるようだが……ともかく、若い娘が指揮官と聞いて俺たちは色めき立ったね。 『最初だけは』 ジオン公国軍では徹底した実力主義が敷かれているから少々家柄が良いというくらいじゃあコネなんざ通用しない。 だもんで例え艦長が可憐な美少女だと言ってもその能力を疑うような真似は普通しない、むしろ若干17歳で大尉に任ぜられるほどの指揮能力を持っていると判断される訳だな。 浮き足だった俺たちの中から調子のいい奴が何人か、軍規で隊内恋愛はご法度になってるにも関わらず艦長を口説きにかかったのも無理は無い話。 栗色の腰まで届く長い髪。 東洋人らしい彫りの浅い顔立ち。 神秘的な輝きをたたえたエメラルドグリーンの双眸。 ただ、彼女の脳味噌はその瞳以上に神秘的過ぎた。 玉砕。 口説きにかかった連中はことごとく彼女に毒気を抜かれスゴスゴとやつれ果てた顔で戻ってきた。 え、俺かい? 俺はナンパにゃあ行かなかった。 いや、外見は好みのお嬢様タイプだったし、部隊の指揮官がカノジョなら色々と旨味も多そうだったから、正直俺の女にしたかったんだけど、古参の先輩方にニラミを利かされたもんで涙を飲んで諦めたんだよ。 それがまあ、結果として助かったことはこの後、嫌と言うほど思い知らされる訳だがその話はまた今度にしよう。 こうして俺たちの乗った艦は一路地球に向けて出向する。 俺の名前はシャー・キャスバルル。 人は俺の事を指してこう呼ぶ。 「巫山戯た名前だ」 放っとけ。 |
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