安くて美味い。酒も上質。加えてマスターとウェイトレスはとびきりの美人、ウェイターも文句無しの好青年。
 そんな訳で、今日も酒場『ダンジョンマスター』は大盛況だ。
 テーブルは料理で埋め尽くされ、ウェイターとウェイトレスは皿を持って行ったり来たり。酒場の奥のステージでは吟遊詩人が最新の英雄譚を披露し、老若男女はそれに聞き惚れ遠い国の物語に思いを馳せる。
 たまに酒癖の悪い酔っ払いが来る事もあるが、迷惑行為を働こうものならウェイターに叩き出されるのが通例になっていた。
 今夜も、また一人。
「一名様、お帰りになりますー。素面での来店、お待ちしていますー」
 暢気な声と共に、ノックアウトされた酔っ払いが店の入り口から叩き出される。
「という訳で迷惑な方は排除しました。皆様、酒と料理を心行くまでお楽しみ下さい」
 ちょっと気取った仕草で言うウェイター。店内の客たちは、拍手と歓声でそれに応えた。



「……と言うか、あのウェイターって以前来た時より遥かに強くなっている気がするんだけど」
 喧騒や歓声を背に受け、ファリーはカウンターで酒を飲んでいた。
 隣にはハルタワートが酔いつぶれて熟睡しており、正面ではミトラが数種類の酒をシェイカーに入れて振っている。
 彼女はシェイカーの中身――極彩色のカクテル――をグラスに注ぎ、
「オルムはよく遺跡の調査に出るからな。強くなって然るべきだと思うぞ」
 とつぶやくように言い、グラスをカウンターに置いた。
「それに、……あいつは一族の血を最も強く引いている。その体現もあるだろう」
「一族の血って言うと……」
 眉根を寄せるファリーに、肯くことで答えるミトラ。
 彼は口の中で「血か……。そんなもんで強くなるなんて、どこぞ集×社の漫画みたいだなー」と愚痴ると、ワインを喉の奥に流し込んだ。
 しばらくの間、無言が続く。
 ミトラはシェイカーを振り、ファリーはグラスを傾ける。
「……なあ」
 先に口を開いたのは、ミトラの方だった。ファリーはグラスをカウンターに置き、目で先を促す。
「あいつ、自分の血とかをどう思っているんだろうな? ……別に厄介な宿命とかは無いし害があるわけでも無いんだが、どうにも気になってな」
「どう思っている、と言われても正直なところ困るね。彼って飄々としていて何考えているのか分からないし」
 ファリーの言葉に肯き、
「そうなんだ。あいつが何考えてるのか分からないのが困り物なんだ」
 と呟く。
「色々叔母として気遣ってはいるんだが、どうもな。掴み所が無いってのは厄介で」
「でも、それを言うならミスラさんだって掴み所無いよ?」
 ズバリ指摘され、彼女は苦い顔をしつつ
「わたしの事はいいんだ」
 と答えた。
 いいのかなーと思ったファリーだったが、話を混ぜっ返しても意味が無いので黙っておく。
「あいつはカンのいい奴だ。たぶん、自分の血の秘密とかも知っていると思う。……と言うか、あの血の力を引き出すと、あの血に関する知識も同時に引き出すことになるし。しかし今までと特に変わった所もなく生活しているのは、どうしてだろうな? わたしなんか、最初はかなり鬱になったものだぞ。なにせわたしたち一族は――」
「ストップ」
 どんどんネガティブな感じになっていくミトラを制し、ファリーは彼女にワインの注がれたグラスを渡した。
「……職務中に飲めと言うのか?」
「気分が優れないなら、オルム君にマスターやってもらってもいいんじゃないかな? マスターをこなせるだけの腕も知識もあるんだろ?」
 などと言いながら店内を見渡せば、件のオルムは新たな挑戦者よっぱらいとの格闘の真っ最中だった。
 いや、格闘というのは正しくない。それはド派手なプロレス技であったのだから。
 バックドロップ→アトミックドロップ→ロコモーションG→バベルクランブルと怒涛のスープレックス・コンボを炸裂させるオルム。地面に叩きつけられまくる犠牲者は、最早何かの機械に巻き込まれているとしか思えない有様だ。
 最後に投げっ放しジャーマンで酔っ払いを店の外に放り出すと、本日何度目かの歓声が鳴り響いた。
「………………凶悪だね」
「………………凶悪だな」
 呆れ果てている二人を他所に、店内は落ち着きを取り戻す。初めて来たらしい客が腰を浮かしかけているが、常連の客が何やら耳打ちすると納得した様子で席に座り、耳打ちした客と乾杯した。
「……で、」
 気を取り直し、ファリーは口を開く。
「どうする? マスター、代わってもらう?」
 問われたミトラは微笑を浮かべると、首を横に振った。
「いや、いい。なんか、あいつが派手な技かけてるのを見てると、どーでもよくなってきた」
「……荒んでる?」
「半分はな。残り半分は、わたしが心配しても大した意味が無いって確信したんだ」
 心の中で「とっくに確信してるものだと」とコメントし、彼は空になったグラスにワインを注ぐ。
 その様子を多少ボーッとしつつ見ていたミスラは、多少意地悪っぽい笑みを浮かべると
「しかし色々と愚痴は溜まっていてな。明日はあいつにマスターやらすから、飲みに付き合え」
 と言った。
 どこか気恥ずかしそうなのは、果たして何のためか。
「別に構わないけど、ミスラさんってうわばみだから」
「うわばみ、大いに結構じゃないか。酒に飲まれないんだぞ」
「左様ですか」
 苦笑するファリー。
 「絶対、僕のほうが先に潰れるだろうな。ああ、一度くらい酔っ払ったミトラさんを介抱したいのに」などとラブコメな展開を夢想したりするが、本日何度目かの歓声に現実に引き戻される。
「…………」
 振り向けば、例のウェイターが新たなる挑戦者よっぱらいスイング式DDTを仕掛けている途中だった。



 酒場の夜は長い。
 少なくともウェイターのプロレス技のストックが尽きるまでは、喧騒と歓声が収まりそうにもなかった。



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