2002年9月8日 | |||
仮面ライダー同士の戦いもタイムリミットまで後わずか… 最期の戦いに向け、戦士たちはそれぞれの人生を歩んでいた。
「さ、先生おかゆができましたよ」 「げほげほ……いつもすまないねえゴローちゃん。俺がこんな体じゃあ無ければもう少し楽をさせてやれるんだけどねえ、げほっ……げぇっほぉ」 仮面ライダーゾルダ、北岡秀一。 彼は今、持病が悪化し……死にかけていた。 「先生……それは言わない約束ですよ? さ、早く食べないとおかゆが冷めてしまいます。」 秀一の秘書、由良吾郎は陶器のレンゲでほかほかと暖かそうなおかゆを一さじすくうと、ふうーっ、ふーっと息を吹きかけ熱くも無く冷たくも無い絶妙の温度に調整したおかゆを秀一の口元に寄せて行った。 何故か赤面する秀一。 「いいよう、そのぐらい自分で食べれるから。うげぇっほげほっ。いや、いいって食べさせてもらわなくても。照れくさいじゃない? なんか。 あ、梅干ある? 梅干」 「あ、どうぞ」 吾郎は卓上の小さな壷から梅干を一つ、箸で摘んで秀一の茶碗に乗せる。 二人ははふはふとレンゲに息を吹きかけながら、黙々とおかゆを口に運ぶ。 秀一の枕元にはモンスターの魂を食わせてもらえ無いせいでハラペコのマグナギガが、嘗め回すような目で秀一の肢体を見つめていた。 鬱陶しい事この上ないが、どのみち奴は体が硬く腰も曲げられない、それこそ吾郎が巨大なレンゲに病で発熱した秀一を乗せてふーふーして冷ましてから口元に持っていかなければ食べることも出来ないのだが、生憎彼にそのつもりは毛頭無い。 「先生、そう言えば城戸さんからお見舞いの林檎頂きましたから、後ですりおろしてリンゴジュースにしますね?」 文字通り獲物を狙う野獣の様な目をしたマグナギガから目を逸らすと吾郎は尋ねた。 気にしなければ契約モンスターと言えども信楽焼きの狸と同じだ。 ちょっとデザインが凶悪で色が妙なだけだと思えばいい 「先生?」 秀一は吾郎の問いかけには応えず、3分の2ほど食べかけたおかゆをずっと見つめている。 「ゴローちゃん、あのさあ……」 「はい?」 おかゆを見つめたまま秀一は続ける 「俺ってさあ、スーパー弁護士なんだよね?」 「その通りです」 「……」 「あの、先生?」 「そーだよ、黒を白に変えてしまう男だよ! それが何!? 平日の昼間っからベッドに寝ておかゆ食ってんだよっ! こんなに白くちゃこれ以上白く変えようが無いじゃないくわっ……えぇえっほ、げふぉ。ごほっ! げふんげふん」 「ああっっ!? 先生落ち着いて!! 今すぐ海苔の佃煮お持ちしますから!」 「ぜぃはぁ、ぜぃ、ぜーっ。いや、そういう意味じゃ無くてね……」 息を整えてから残りのおかゆをかき込むと秀一は乱暴に体をベッドに横たえる。 何故か空になった茶碗は左手に手にしたままだった。 体を横に向け、じっと窓の外を見つめる。 それに気づいた吾郎も秀一の見ている方に目をやる。 「あの木……」 ぼそり。と、消え入る様な弱々しい声。 「あの木の葉っぱが全部落ちたとき俺はきっと死ぬんだ……」 左手には茶碗をしっかり掴んだまま。 「何にせよ、先生が生きる気マンマンなので良かったですよ」 常緑樹だった。 吾郎が料理用にと丹精込めて栽培している丁字の木。 「食欲もあるみたいだし今晩はハンバーグステーキにしましょうか」 丁子は別名クローブといって肉の臭みを消すスパイスとして用いられるのだ。 「じゃあ、リンゴジュース作ってきます」 吾郎が厨房へ姿を消したのを目で追うと、秀一はまた改めて窓の外の常緑樹を見つめる。 無論茶碗は手に持ったままだ。 「あーあ、令子さん見舞いに来ないかなぁ」 見舞いのリンゴをすりおろしていた吾郎が一瞬、ビクッと肩を震わせた。 それもそのはず、秀一が寝込んだとき吾郎は気を利かせて密かに修一が想いを寄せている女性――ジャーナリストの桃井令子に電話で連絡してあったのだった。 『ぷっ』 彼女の勤めるOREジャーナルへ修一が倒れたことを伝えたときの第一声がこれだった。 噴き出したのだ。 なんて嫌な女だ。 吾郎はそう思った。 『取材対象として仕事の出来ない北岡さんには興味がございません、じゃガチャン』 さりげなく見舞いに来てもらうように誘ってみたが、取り付く島も無いとはまさにこの事。 電話のやり取りを聴いていた令子の同僚の城戸が流石に哀れに思ったのか、リンゴを届けに来てくれたのだった。 「さ、先生。リンゴジュース、が、出来ま、し……た?」 氷の入ったグラスにジュースを注ぎ、お盆に載せて吾郎が秀一の寝室に戻ると、呆然とした顔の秀一が窓の外を見つめている。 つられて吾郎も窓の外に目をやった。 蛇皮。 素肌に直接だった。 それに蛇皮のズボン。 顔には性根のねじねじ曲がった邪悪な笑みが張り付いている 「浅倉……威」 秀一と吾郎の声が重なった。 窓の外、先ほどまで見つめていた丁字の木の前で仮面ライダー王蛇――浅倉威がたたずんでいる。 「変身」 やる気の感じられない気の抜けた声で、浅倉は窓に向かうと仮面ライダー王蛇に変身した。 「!?」 思わず秀一を庇うように身構える吾郎。 如何に腕っ節に自信が有ろうともただの人間では仮面ライダーには到底、太刀打ち出来ない。 最も、生身の浅倉が人間かと問われると首を傾げざるを得ない所だが。 「な、何を」 秀一が左手の茶碗に力を込めるとかすれた声を絞り出す。 「する、気……だ?」 王蛇はその声に応えるかの様に三体の契約モンスターを召還。 くるり、と部屋の中の二人に背を向けたかと思うとずんずんと庭に植わっている丁字の木の葉っぱを物凄い勢いでむしり始めた! 王蛇だけでなく契約モンスターまでもが木に取り付いて嬉しそうに葉っぱを引きちぎる! 「こっ……!!?」 みるみるウチに真っ青な顔になる秀一。 「このヤロッ!」 やおら吾郎の持つお盆の上からコップを引っつかむと一気に中身をあおる! それを見た吾郎は何らかを察知して窓に駆け寄りガラス戸を開け放った。 青白くなった秀一の顔に見る見る赤みが差し、怒りに紅潮した憤怒の形相となる。 「ばりぼりごり。ごふっ、喰らえ!」 氷を勢い良く噛み砕き、一回だけむせこんだ秀一だったが病人とは思えないスピードで王蛇めがけてグラスを投げつける! 投げつけたらその手ですかさず額を押さえる! 氷の冷たさが額に響いたのだ。 無論左手の茶碗はまだ離していない! 160km/hで王蛇めがけて殺意の塊が一直線に飛来する。 しかし、一心不乱で木の葉っぱを千切って棄てていた王者の後頭部に直撃するかと言う刹那。 後ろが見えてないはずの王蛇が偶然か、それとも気配を察知したのか、軽く首をひねって攻撃をかわしたのだ。 まるで蔑むかのごとく肩をすくめると、秀一たちの方を一瞥し最後に残った一枚の葉に手をかけた。 「ヤメッ……」 見開かれる、瞳。 まるでスローモーションの様に王蛇の手に力が篭りゆっくりと引き下ろされていくのが見えた。 手の動きにあわせて下へとしなる木の枝。 引き絞られた弓矢が放たれるときを今か今かと待ち構えるように震える! ぶっちん。 破滅の音が辺りに響き渡った……様な気がした。 「あ」 王蛇は得意げに最後の一葉を掲げると指で吾郎の足元に葉っぱを弾き飛ばした。 吾郎は足元の葉っぱに目をやる。 「うわああああああっ! 先生ッ!? 大丈夫ですかっ、せんせぇぇぇぇぇっ」 ベッドから秀一が転げ落ち、うつ伏せになって血を吐いていたのだった。 吾郎が倒れた秀一を仰向けに助け起こすと口がもごもごとかすかに動いているのが見て取れた。 どうやら何かを伝えようとしているらしい。 「あ……けに……」 「先生!? 何を? 一体なにを伝えようとしているのですかっ!?」 「朝焼けにつつまれってー、走りだーしたー行くべき道をー じょおねつのぉーベクトールーがっ 僕のむーねをーを貫いていく」 「え?」 Alive a lifeだった。 「どんな危険にーきーずつくーことがぁーああってもう」 「先生! 突然何を!?」 修一は焦点の定まらない目で空中に視線を泳がせ仮面ライダー龍騎の主題歌を歌っていた。 「夢よおーどーれーこぉのぉほしのもーとでっ」 口の端から血の泡を吹き出しながら今にも消え入りそうな声で歌っている。 「先生!? 先生!? しっかりして下さい! センセイッッ!!」 吾郎が修一をがくがくと揺さぶる。 「にーくしみを……うーつしだすー……鏡なーんてー……こーわすほど」 徐々に声が途切れがちになる。 なんとなく笑っているようにも見える修一 「夢にむーかーえ……ま……だ」 だんだんと冷たくなっていく修一の体。 「ぶ…き……」 「せーんーせーッッ!!」 それきり動かなくなる修一。 慌てて必死の形相で吾郎は心肺蘇生を開始した。 「先生、しっかり! 返事をしてください。 生きている激しさを体中で確かめて下さいッ!! せんせー!!」 「いやー、一時はどうなることかと思いましたよ」 目の下に隈を作って苦笑いする吾郎。 「あはは、ゴローちゃん。ずいぶんと心配かけちゃったねえ」 あの後、必死の心肺蘇生でなんとか息を吹き返した秀一は救急車で病院に運ばれ、今は病院の個室に寝かされていた。 蛇足ながら左手の茶碗はまだ離していない。 「医者の話では今日の検査で問題が無ければすぐにでも退院できるということですが……」 吾郎は皮をむいたリンゴののった皿を修一に渡す。 とは言え、問題が無いといっても今すぐどうこうなる訳では無いと言うだけで、病魔は徐々にだが確実に秀一の体を蝕んでいる。 体力が戻ればまた戦いに向かわねばならない。 そう、生き残るために戦い、戦うために生き残らねばならないのだ。 終わりの無い戦いをけして恐れはしない。 必ず立ち上がれる、喩え逆境にさらされても揺るぎのない気高さを心に抱いている限り、命が果てることはないのだ。 枕元に立ったマグナギガも同じ思いだった。 マグナギガのもの欲しそうな視線を無視してリンゴを平らげたベッドに体を横たえる秀一。 その時。 「先生! 倒れられたって本当ですか!?」 秀一の元秘書――浅野めぐみが病室に飛び込んできた。 何故か腰には看護士が二人しがみついている。 「やべ……」 秀一と吾郎の二人は王蛇が自宅に押しかけてきたときよりも恐ろしげな表情でつぶやく。 秀一の左手から茶碗が滑り落ちるとこれからおきる恐ろしい不幸を暗示するかのように、床に落ちる寸前、真っ二つに割れた後、粉々に砕け散った。 この後、吾郎の必死の制止を振り切り秀一の看病を買って出ためぐみの大活躍により、何故か病院中が原因不明の停電。 五階の病室から飛び出したベッドが重症の傷病者を運んできた救急車の天井に直撃したり、マグナギガに秀一がちょっぴり齧られちゃたり、何故か吾郎が天井に貼りついた後、ICU(集中治療室)に運ばれたりと散々な騒ぎであった。 「いやー、一時はどうなることかと思っちゃたよ」 苦笑いする秀一。 「あはは、先生。ずいぶんとご心配かけてしまいました」 医師たちの必死の努力で一命を取り留めた先日まで秀一が入院していた個室のベッドに寝かされる吾郎。 「しかし、彼女何しに来たんだろうねえ?」 げんなりとした表情でつぶやく秀一。 「さあ……なんだったんでしょう、あれ?」 ベッド横のテーブルと壁の隙間に何か紙が挟まっているのを見つけた吾郎はそれを敗れないように注意深く取り出す。 「どうしたの?」 尋ねる秀一。 「先生! ちょっとこれ見てください!」 「ん? なに」 秀一はパソコンからプリントアウトしたらしいA4の用紙を受け取ると内容に目を通す。 「これ、本当でしょうか?」 吾郎が尋ねる、そこには不老不死の仙薬と称する物の製法が詳細に記されている。 先日めぐみが尋ねてきたときに持ってきたのだろう、裏側には城戸真司がタイプミスしたとおぼしき小学生の作文みたいな痛々しいOREジャーナルの原稿がプリントされている。 「解らないけど……いや、多分デマだろうけどせっかもってきてくれたんだし実際に材料を集めてみようと思うんだ。」 ニヤリ……と秀一が邪悪に嗤う。 「そうですね、集める価値はありますよ! まずは蛇の肝とサイの目玉、それからエイの尻尾ですね」 つられて吾郎も不適に嗤う。 「はっはっは」 「ククククク」 「ぶえーっくしょい!っきしょう」 その頃浅倉は嫌に年寄り臭いくしゃみをしていた。 「ずびー」 洟をすする。 運悪くたまたま正面に座っていた契約モンスターのうちの一体、メタルゲラスの顔にしぶきが飛んでいた。 非難のまなざしを浅倉に向けるメタルゲラス。 「ムズムズするんだよぉ!」 ギャグが果てしなく寒かった。 了 |
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